だって、でも、のに・・・

私も教育界やスポーツ界に身を置いているので、成長する子とそうでない子の違いはあらゆるところで見て取れます。
その一つに「素直さ」というものがあります。
当たり前のことですが、とても重要なものです。
成長の裏には間違いなく「指導」があります。
「こうするといいよ」「これはよくないよ」といった周りのアドバイスが100%入っていくか、それともわずかしか入っていかないのかで、成長スピードは雲泥の差です。
私が特に気になるワードがあります。
「だって」
何か注意(指導)を受けた時に、「だって、・・・だから無理」「だって、・・・くんだってやっていた」「だって・・・そんなの知らなかった」「だって仕方がなかったんだ」
「でも」
「でも、わたしは・・・だった」「でも、そんなの無理」
「のに」
「ぼくは、しっかりやっていたつもなのに」「わたしは、こんなだけやったのに」
相田みつをさんが、「のに」は愚痴だと言っていました。
これら全て矢印が周りに向かっています。
いわゆる他責思考です。
誰かのせいにして自分を守ろうとしている思考でもあります。
子供によっては、学校では「パパが」「ママが」と、
家庭では、「先生が」と大人のせいにまでして、正当化する場合もあります。
自分を守るということは、自分のやっていたことを正当化することです。
つまり、そもそも変わろう、成長しようという方向ではないのです。
人間、「変わる」ことはとても難しいものです。
でも成長するということは、自分を変えていくことでもあります。
時には、納得がいかないこともあるでしょう。
でもそれに意見を述べること反論することと、他責にすることは違います。
何か自分に変えられることはなかったか。
何か自分ができることはなかったのか。
そういう考えもあるのか。
と、いう意識づけをしたいものです。
大人の世界でもそうですよね。
みなさんの周りにもいませんか。
アドバイスしても「そんなこと言ったって、できませんよ」と、検討することすらせず突き返してしまう人。
アドバイスしても「でも・・・」といきなり否定から入る人。できない理由を探す人。
一番怖いのは、そういう人には、誰もアドバイスしなくなります。
実は子供の世界もそうだったりします。
学校の先生だって人間です。
スポーツ指導者だって人間です。
素直な子にはたくさんアドバイスをするようになり、言い訳ばかりの子にはアドバイスをしなくなります。
思考も癖です。
小さな頃から積み重ねてきたものです。
癖や習慣を修正することはすごく大変な作業です。
少なくても私の周りの子たちには、そうなってほしくないので、パワーを割いてやることでもありますし、通常生には1年、2年・・・と長い目で見て、コツコツと少しずつ働きかけていっています。

